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教育の日に教育について考えてみた《1998本目》

皆さん、ガッツだしてますか!!
人と企業の成長を加速させるコーチング、ビジネス研修、人材教育の飯山晄朗です(^^)b

午前中、企業で営業スタッフへのコーチング。
午後からは文教会館で開催された「教育の日」記念大会に参加。
夜は、後継者倫理塾のサポートスタッフのミーティングを行いました。

県内小中高の校長先生やPTA役員が参加して、盛大に開催された。
内容は、各種表彰、記念講演、小学生の吹奏楽演奏といたって平凡なものでしたが…

11111

11月1日は教育の日。
”教育を考える日”なんでしょうね。

教育とは

ということに関しては諸説あると思いますが、漢字から察するに、「教えて育てる」ということなんでしょうね。

実は、この「教える」ということが曲者。

教える側が、対象者を

自分の思っている姿に導く

いわゆる誘導になってしまっては困る。

飯山も過去に、社員教育や子供の教育に対してこのように接していた時期があり、とても苦労した経験がある。

教育がうまくいかないときは、このように教育する側が「答えを持って接している」ことが多いと思う。

自分の持っている答えに近づかないと、しまいには感情むき出しで怒り出してしまう。

教育というより「洗脳」に近い。
不安と恐怖を与えて、それから逃れたいという人間の欲求にアプローチする手法。コンサルタントがよく使う手ですね。

飯山は、教育とは、「夢」と「希望」と「勇気」を与えていくものだと考えています。

夢を持ち、その夢の実現に向けて歩んでいくと必ず苦難(=壁)がある。その苦難に立ち向かうためには、希望と勇気がいる。この希望と勇気を与えていくこと。

その根底には「愛」がある。
「愛」は見返りを求めない。親の子に対する愛はまさにこれですね。

つまり「貢献」ということです。
教育対象者への貢献、これが教育の本質なのかなと。

教育する側の持っている答えに対象者を導くのではない。

対象者が、夢や目標を持つこと、そして実現までの道のりに、教育する側が貢献(=サポート)すること。共に歩むこと。

そうやって、共に育つ「共育」というスタンスが必要なのだと思います。

これが飯山の考える教育です。

実現力を養成して、望む結果を実現しましょう!

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